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読書録其の30―2(英国海軍思想の我国の知られざる山脈その2) 

前回より間が空きましたが、再びコーベットの紹介をしてまいります。

・(※海軍の恒久的な海上優勢状態の場合)しかし、敵は戦争問題に影響を与えるほど重大な海上貿易と海外作戦を支障をもたらすことはできない。敵は、実際の戦略分野からなくなるほどの危険と災禍の覚悟を別にすれば、貿易(※軍事力維持の要たる財政の源泉)と作戦を続けることができない。言い換えれば、それは、敵が、もはや有効に我が通航と輸送線を攻撃できないし、自分自身のためにも使えないか、守ることもでいないということを意味している(PP.95~96)
→こうした輸送アクセスの面が抑えられた場合は「バアーシー海峡」の悪夢状態に陥るということか。

・この優勢な程度と分布は、一般的に計画が防御又は攻勢の観念に左右される程度による。一般的に言えば、優勢な側の利益は、未確定の状態を終らせるためにできるだけ早く決定しようとする。反対に、弱い側は、概して、挽回するため、小規模作戦、戦争の機会、新戦力の育成によって可能になるという希望で決定を回避、又は延期しようとする。(※中略)この誤った概念(※海上の防御は劣性側の災い)は、最初から攻勢を正当化する十分な海軍戦力を平時から整備することを国に勧める筆者(※マハンも当たる)によって防御の欠点を主張することから生じたようである。(PP.96~97)
→結局、我国の帝国海軍は如何なるときでも、マハンに代表される攻勢第一主義に思考を縛られた挙句、徒に米国に「海上優勢」を確定させてしまう自爆行為をなしたのだと理解できる。

・長所としての集団の観念(※艦隊戦力を一点に集中する)は、戦時ではなく、平時に育てられる。それは戦時において敗北を与えようとするよりもむしろ避けようとする慎重な観念を示している。真実、集団の支持者は、目的が圧倒的な敗北を与えるというもっともらしい概念で自らの立場を固めている。しかし、これは平時の観念である。戦争は、勝者が勝つだけでなく、努力するということを徹底的に証明した。彼らは、一般にすくなくとも明白な分散を伴う大胆な戦略的組み合せによる努力をしなければならない。(PP.123)
→コーベットはこの海軍の分散と集中を効果あるものとする交通コミニケーションの担い手として「巡洋艦」をその主軸とすえている。これによりコーベットは対敵の交通アクセスの積極妨害(※クラウゼビッツ流に表現するならば相手の摩擦を増大させる)と我が方の交通アクセスの円滑化に帰することを前提としている。そのため通信によるコミニケーションの意義について著作ではかなりウエイトを占めている。

・我々が求める分散の程度は、敵が我々の海洋利益及び利益の拡散に沿う海岸線の拡張に対して行動できる海軍基地の数に比例する。我々が常に求める古い伝統の土壌から湧く原則は、単に我々の心を打つ敵を防ぐためだけでなく、敵が何かをしようとするときに打つことである。我々は敵のあらゆる試みに対して反撃のための機会をつくられければならい。(P.139)
→つまり日露戦争のように、集中化が可能なのは露国のように太平洋側に海軍基地の数が極度に少ないという前提によりなりたつのであり、海軍基地がそれより遥かに多い米国に対して同じような「集中決戦方法」を選択するのはむしろ相手側の企図を放置する結果になってしまうということか。

さて今回まこれまでとし、また日を改めて紹介の続きをしたいと思います。
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