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読書録其の28(『戦略』の入門指南書その二) 

書名:名著で学ぶ戦争論
著者:石津朋之
出版社:日経ビジネス人文庫
価格:(金762円 + 消費税)
刊行年:平成21(西暦2009)年11月 2刷

以前紹介しました、読書録其の26(『戦略』の入門指南書その一)
http://cosandou.blog100.fc2.com/blog-entry-39.html
上記の本を書く基礎となる各々の時代の「戦争論」の古典名著を紹介する良好なブックガイドというのが本書の位置づけとなります。さて、それではいつもの通り紹介をしてゆきます。

(※):私注となります。

・また、本書(※トルストイ『戦争と平和』)を読めば、青年将校のアンドレ公爵の言動や思索を通じて、当時のロシア上流階級の若い男性の間で、名誉心、忠君、勇気、礼儀などを重んじる騎士道精神がまだ色濃く残っていたころがわかるし、彼らにとって戦争とは頭から否定して忌み嫌うものではなく、退屈で単調な日常生活からの逃避を約束するものであり、さらには個人の名誉や将来の出世を叶えるための場でもあった事実が知れる。(P.68)
→これは、第一次大戦時の英仏独の将兵にも当てはまることでもあった。

・ここで重要な点は、クラウゼヴィッツが提示した「絶対戦争」とは、あくまで一つの理念型であり、実際、以下で紹介するように彼は、政治という要素との関連でもう一つの理念型である「制限戦争」の重要性を強調している。(P.74)
→クラウゼヴィッツの「絶対戦争」という概念を、プラトン流の「イデア」かアリストテレス流の「エイドス」と捉えるかで大きく分岐するところであるが、「戦争は異なる政治の延長」という文句を斟酌するとクラウゼヴィッツの「絶対戦争」というのは、後者に近い概念ではないかと理解している。

・加筆した「エピローグ」の中でハワードは、先制攻撃に象徴される昨今のアメリカの安全保障政策に対して大きな懸念を表明しているが、おそらく彼の懸念の根底には、戦争の勝利の後にあるべき秩序に関する不安があるのだとう。誰が戦争後の新たな秩序(※ハワードは『平和』というものを、人為による秩序の構築及び維持活動と認識している)を「警備」するのか、また、アメリカや西側諸国にその意志と覚悟があるのかといった不安だ。なぜなら、戦後によって創造された平和(=秩序)は維持されなければ意味がないからである。(P.94)
→アメリカという国家には、「デモクラシー」であればやがて人々が協力して秩序の創造及び維持をするという基本思考体系を前提とするため、自己が介入した地域に対して「デモクラシー」以外の秩序維持体制を容易に破棄してしまう傾向があり、その地域を意図せず混沌状況にしてしまうのである。

・しかし、ブロディは、戦争において軍人は政治目的を達成することではなく、勝利することを最大の目的としているため、戦略の立案には不向きであると断じる。また、軍人は戦争がもたらす政治的な影響を考慮に入れず、組織利益に影響される傾向が強いとも指摘しており、軍人の主張する「軍事的判断」は、必ずしも信用できないと批判する。(PP.112~113)
→ここでの「戦略」というのは、戦争の基本方針部分にあたる「大戦略」を主に指していると理解している。

・コルベットはクラウゼヴィッツと同様、戦争を他の手段をもってする政治の延長とみなしていた。しかし、海軍力のみで戦争に勝利することはほぼ不可能と考えた。人間は海上で定住することができないため、戦争は必然的に陸上で勝負がつく。だが、海軍力だけでは敵の陸軍力を破壊することは不可能であり、陸軍と協力することによってのみそれが可能であった。そのため、コルベットにとっての海軍戦略とは、陸軍との関係において海軍力が果たす役割を決定するものであり、戦争全体の戦略の一部としてとらえられるべきものなのである。(P.183)
→我国ではなじみの無いコルベットであるが、論が飛躍しているマハンの「海上権力史論」を冷静に捉えなおす際に大いに参考となる考え方である。

・ルトワックは、戦略には技術、戦術、作戦、戦域、大戦略という五つの「垂直的」なレベルが存在すると言う。これらのレベルは階層構造を成しており、最終的な軍事行動の成否は、大戦略のレベルで決定されることになる。しかし、下位レベルから順番に成功すれば、大戦略のレベルで必ず勝利が得られるわけではない。(P.226)
→ベトナム戦争の米国、第一次大戦のドイツ、第二次大戦の我国ともに下位レベルでの成功は多かったものの大戦略での成功にはつながらないことがあった。

・しかし、本書(※『Military Power』)でビドルは、湾岸戦争の勝利に対する先進的な軍事技術の役割は否定しないものの、技術は近代的システムの効果を増幅したに過ぎないと述べている。また、近代的システムの導入には技術よりもむしろ訓練、ドクトリン、組織などの非物理的要素が重要であり、技術を過度に重視する現在のRMAの議論は本質を見誤っている、とさえ主張している。(P.279)
→どうしても、我国では兵器自体やカタログ・スペックについての軍事談義が盛んになりやすいが、「システム」としての軍事力を捉えるならばこうした非物理要素に重きを置く必要があるのではとかんがえさせられる。

本書は簡潔ながら、紹介された著者の文献を実際に読みたい気分を抱かせてくれるという点で、好著であり一読して裨益することが多い書と思います。難点があるとすれば、紹介された本の半分近くが翻訳されていないため、原著を取り寄せて四苦八苦してでも読みたいという欲求を抑えがたくなることです。
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テーマ: 読んだ本の紹介

ジャンル: 本・雑誌

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