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さまよえる神話(その1―戦前『オタワ体制』の実態) 

ある専門分野においてはとっくに論破され消え去っているが、その分野以外ではまったくもって呪縛のように残っている議論や論題なるものを、私は「神話」と定義いたしております。今回遡上に挙げてみるのは西暦1932年7月において開催された「オタワ会議」により、英帝国内のブロック経済体制が発足し「ポンド・スターリングブロック体制」により我国の貿易体制に著しい打撃を生じ、我国の中国大陸進出に拍車をかけることになったという「神話」であります。

何故に神話断言するかは以下の表を読んでいただければ一目瞭然だと思います。

          輸出                   輸入 (単位は百万円)
        総額    英国植民地へ    総額     英国植民地より
昭和6年    1,147      241        1,235         319
昭和7年    1,420      343        1,431         338
昭和8年    1,861      421        1,917         530
昭和9年    2,171      519        2,282         682
昭和10年   2,499      554        2,472         699
昭和11年   2,693      558        2,763        761
昭和12年   3,175      613        3,783        1,004

(※この表は、渡辺鉄蔵『自滅の戦い』P.107の表より作成、英国殖民地には香港、英領インド、海峡植民地、カナダ、エジプト、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドを含む)

ちなみに当時の英国も含めての世界の貿易総額は世界恐慌(西暦1929年発)のあおりから半分近くに下落しているような状況なのですが、我国の輸出入の旺盛さはそのことを無視するような突出振りでかつ、その貿易総額に「英国圏」が貢献しているのは数字を見ると一目瞭然であり、当時の我国から見た「ポンド・スターリングブロック」なるものの実態は看板倒れも良いものだと言うことが理解できると思います。

どうしてこうも事実と「神話」の乖離がおきてしまったのかについては、また別の機会において触れて行きたいと思いますが、「神話」をいつまでも事実として歴史の教訓(※私見ながら歴史からこれを引き出そうとする助平根性を嫌うものです)なるものを述べることが如何に危険な行為かを知る一助になればとも思います。
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