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読書録其の26(『戦略』の入門指南書その一) 

書名:戦略原論
編著:石津朋之・末永聡・塚本勝也
出版社:日本経済新聞出版社
価格:(金3400円 + 消費税)
刊行年:平成22(西暦2010)年5月 1版1刷

我国では「軍事戦略論」を銘打った書籍は数多く出版されておりますが、それらの戦略が国家政策とどう関連しているのかを論じた入門書となると数が少ないため、戦略を学ぼうとする入門者には敷居が高いというのが偽らざる我国の現状です。こうした現状を改善するための試みとして、本書が出版されたのは喜ばしく思っております。

さて、いつものように紹介をして参ります。

(※):私注となります。

・(※エドワード・ルトワックは、戦略を技術、戦術、作戦、戦域、大戦略を定義)そして、いかなる軍事行動の結果も究極的には大戦略レベルによって判断されるものであり、たとえ戦域レベルで軍事的に敗北しても、外交交渉によって大戦略レベルで最終的に勝利することもあり得ると主張したのである。つまり、いかなる戦略であっても大戦略のレベルにおける成功を追求することが最終的な目標であり、戦略研究も当然ながらその目標を意識したものとならざるを得ないのである。(P.3)
→我国では、どうしても思考方法に「現場で臨機応変」を重要視する傾向を持つため、下層レベル(たとえば作戦レベル)の努力で上層レベル(戦域レベル)の失点を挽回しようとして無理をし、自己を窮地に追いやってしまう。

・今日の一般的な理解とは逆に、当時(※第一次大戦前)、機関銃や火砲に代表される新たな兵器のもたらした影響については十分に研究されており、これらの兵器から生じる犠牲について幻想を抱く論者などほとんど存在しなかった。(P.24)
→よく第一次大戦では欧州各国の軍人を日露戦争の意義を理解していない「愚物」として描こうとするが、そういう批評をする人々は当時の軍人が日露戦争を研究した結果として「攻勢に出なければ勝利を掴むことは出来ない」という認識を持ったことを無視するという錯誤を犯している。

・さらにジョミニは、いったん戦争が生起した場合、軍人が政治家に対して優位に立つべきであると主張したが、これは、彼の「科学的戦争観」を見事なまでに表している。ジョミニにとって政治と軍事の関係性で重要なことは、有能な指揮官が選ばれ、その指揮官が科学的な原則に基づいて自由に戦争を指導することであった。(P.71)
→クレマンソーの警句は上記のジョミニに対する反語表現ということなのか

・軍と社会の分岐は、上流家庭の子弟や高学歴の青年が軍に参加しなくなる傾向を強め、また軍隊の孤立化をさらに深めさせ、政軍関係に悪影響を生むのではないかと考えられた。現在のアメリカでもその問題は解決していない。(P.194)

・だが政策を競い合い、資源のパイの分割を競い合う3軍関の競争は、戦略から資源配分、戦争の方法に至るまで政治に代替案を提供し、軍の団体性を希釈することで軍の抑制に資する。3軍間の競争は、一見効率性を害してコストが高いように見えて、競争不在の融和状態から生じる潜在的なコストに比べれば、まだましなことも多いのである。(P.203)
→上記の問題点は、平戦時を問わず政治側が3軍間の利害調整に対して『裁定者』としての立場で振舞える一定の統一性を維持出来るかに尽きることである。もし、政治側が分裂していれば希少な資源を蕩尽する危険性が高くなってしまう。

・基本的に何か行動しようとする人間が、自分で情報分析を行い出すとなかなか上手くいかない。なぜなら分析の訓練を受けていない者は、何らかの行動を行う前提で情報を取捨選択するからである。これは一般的に「情報の政治化」と言われる問題であり、詳しくは後述するが、とにかく作戦を立てる部局が作戦のために自ら情報分析を行っても、それは客観的な判断にならないことが多いということである。(P.307)
→実施をする側は「必要性」の価値判断に重きを置くために「可能性」を等閑視もしくは軽視する傾向を有するということか。

・情報収集で重要なのは、どれほど決定的に見えるデータでも、それのみで決断することは危険であるということであり、インフォーメーションは他の手段で収集されたインフォメーションと突き合わせることで、その重要性が認識されるのである(収集の相乗効果)。(P.320)
→但し、正反対の情報によって正しい情報の重要性が希釈される危険性(例:独露戦争開戦時のロシア側の不手際)があることを念頭に置く必要がある。

・例えば冷戦期、アメリカの情報分析官たちはソ連のクレムリンには「ハト派」と「タカ派」がおり、ソ連の政治家がどちらに属しているか議論していたが、そもそもクレムリンにはアメリカ流の「ハト派」も「タカ派」も存在せず、分析官たちは自国の政治システムを前提にして議論を行っていたのである。(P.330)
→現在においてもこの傾向は相変わらずで、米国の北朝鮮や中共の政治権力分析において全く同様な錯誤を犯しているのを散見する。

・国家は、自国が国際法を守らなければ、相手国が国際法を守らない場合にこれに抗議することができないため、国際法の不順守が自国の不利益となる。逆に、自国が国際法を守ることは、他国に国際法を守らせる上で重要な梃子となり、国家利益にも適う。(P.425)
→これには、重大事が二つ含まれている。一つは「出来ない約束」をリップサービスの気持で条約に署名することは絶対してはならない事。もう一つは国際法を決定する場とは、如何にその国際法(ルール)が自国有利になるようにするための「干戈を交えない戦いの場」であると認識することである。残念なことに我国では、この要諦を理解していた東郷提督のような人物が「老いた好戦国家主義者」扱いされてしまう悲しいところがある。


「戦略の教科書」を目指した本書の目的を果たしているかは、本書を読まれる方にお任せするとして、私としては本書の各章毎に付けられた丁寧な読書ガイドが、各章の議論を深く理解するのによい案内書としての価値を有していると思います。
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