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読書録其の20(『最適化』の果に) 

書名:悲劇の発動機「誉」
著者:前間孝則
出版社:草思社
価格:(金2800円+消費税)
刊行年:平成19(西暦2007)年 第2刷

この本は発売当初興味を持ったのですが、その時は「1月後に買おう」と思い本棚に戻したのが分かれ目で、実際1月経つと店頭では全く見かけなくなり、数ヶ月して古書店を探しても出回っていないという、本屋漁りを趣味とする人ならば一度は体験するという「あの時買っていれば」と悔やむ体験をした書でした。それから2年以上の歳月が流れた今年の春先に、神田の書泉の棚に何気なく置かれているのを見つけ、すぐさまレジを通したという体験もあわせて行うことができた感慨深い本でもあります。ただ、気になるのはその書店は定期巡回している場所なので何故今頃出てきたのかを、頭の片隅では疑問に思い(『ゾッキ本』かな?)ましたが、気にしないことにしました。

さてそれでは、いつものように紹介を致します。

※():私注となります。

「正確にいうとこの光はサイクロンのフルコピーではない。サイクロンのボアストローク(シリンダー内径とピストンのストローク)が一五五・六×一七四・六(ミリ)であるのに対し光のそれは一六〇×一八〇である。したがって総排気量は光の方が約九パーセント大きい。中島飛行機の設計陣がこのような数字を選んだのは、自社の技術に十分な自信がなく、オリジナルエンジンと同じ馬力を出すためには、ボアストロークを少し大き目にとっておいたほうが安全だと考えたからだ。ところが井上技師は首を傾げるのである。母体であるアメリカ製のエンジンは公称が七五〇馬力であって額面通りの馬力が出るのに、中島製の光はこれよりひとまわり大きく作られているのに650馬力しか出ない。いろいろとその原因を追究しているがまだわからない。それでやむを得ず公称馬力を650馬力として出荷している」(P.93)

(※昭和15年五月頃のこと)和田は設計主任者である中川にも声をかけて励ました。「このエンジン(※誉)こそ太平洋の主導権を決めることになる。一年でものにしたまえ。必要なら純金を使ってもかまわん。潤滑油も買い置きがあるから、アメリカの一番良質なものを使ってよい。世界最高の技術を使い、最も高級な材料、燃料、潤滑油を使って高性能を出したまえ」(P.129)
→前提として、海軍の決戦思想に則った高性能至上主義が前面に出ているのが、「誉」開発の基本概念設計として内蔵されている。

精密部品を生産する工場で、いったんレベルダウンを黙認する考え方が浸透するとタガが外れたように、より品質の低下がエスカレートするのがモノづくりの怖さであり、落とし穴でもある。(PP.158~159)
→ソフトウェア開発においてもレベルダウンを黙認すると、簡単に想定以上の品質低下を招いてしまう。この事態を避けるために遠回りになるが、品質基準を決定し現場の人材のレベルに応じた生産手法を取り入れる時間をとる必要がある。

(※全体で77,000台生産したマーリンエンジンについて)ロールス・ロイスでさらに注目すべきは、第二次大戦に突入してのち、中島飛行機と同様に、工場には非熟練作業者が大量に投入された点である。女子労働者は日本より多くて、全体の三分の一にものぼっていた。にもかかわらず、「誉」よりも超精密といわれた「マーリン」エンジンの品質は落ちず、終戦まで生産を維持しつづけた。ロールス・ロイスでは、戦争がはじまる以前から、測定用の標準ゲージを採用したり、大量生産向きに工作機械を自動化あるいは半自動化したりして、未熟練者や女子労働者が操作しても、部品の精度が確保される工夫がなされていた。さらには、各工場では、一つひとつの作業のあとにはかならず検査を行い、品質を落とさない管理システムを確立していた。このための検査要員は、ロールス・ロイス全社の全従業員の一割を占める五〇〇〇人もいたのである。(P.242)
→この書でも指摘されているが、我国はこの品質を維持する量産システムの導入に失敗したが、これは巷で言われるような国力のせいとゆうよりも、航空技術者等の人材リソースをエンジンや機体の多品種開発生産体制に従事させていたため、品質と量産性を両立するためのシステム開発に対する、技術者リソースが欠乏状態になったということのほうがより大きな問題なのだと考えられる。

エンジンの性能(使用条件の厳しさ)をあらわす重要な指標として、シリンダーのリッター当たりの馬力がある。「誉20型」は五五・八である(「誉11型」は五〇・三馬力、「誉21型」は五五・八馬力)。(※中略)リッター当たり五〇馬力を超えるエンジンが登場してくるのは、戦後の一九四〇年代後半にはいってことであり、その間に、空冷星形の冷却や過給機、燃料などに関する新たなる技術が開発されて、もう一段飛躍したあとの段階においてであった。(PP.250~251)

ところが、中島飛行機の設計部では、「大東亜決戦機」のほか何機種もの新鋭機に搭載されて、陸海軍の航空戦力にきわめて大きな影響をおよぼす重要プロジェクトの「誉」に重大なトラブルが発生したときも、その解決のために、他の開発プロジェクトが中断されるようなことはなかった。当時、並行プロジェクトは「NBH」、「NAM」、「ハ39」、「ネ230」(ジェットエンジン)があったが、それらを中断して、技術者を集めたりする組織的な動きをとらなかったことは、岡本が『エンジン設計のキーポイント探求』で指摘している。また、海軍がその必要性を求めることもなかった。(P.266)
→戦時中は、空技廠が航空機開発の旗振り役だったはずだが、完全に平時体制のまま投入リソースだけを増大させることにしか頭を使っていないのではないかと疑える点である。これで国力だ物量だ我国の工業生産力が(米国と比較して)低かったと言訳している戦史には疑念を抱かずにはいられない。我国は残念ながらソフトウェアの中核たる人材の頭脳動員において失敗してしまったのだと考えざるをえない点である。

エンジンの発動機としての特徴は高温の燃焼ガスを直接作動流体として使用することに由来することは誰でも知っている。しかし、そのためピストンとシリンダーはガス圧と熱の非常に複雑な作用を受けることをよく理解している技術者は少ない。理論的には解明し尽くされないので試行錯誤により発達した部分なのである。(P.280)

すでに指摘したが、やはり数社の外国エンジンメーカーから技術を導入した三菱さえ、シリンダー内径は二種類にとどめている。ところが驚くなかれ、中島飛行機にあってはシリンダーの内径が一〇種類もあるのだ。(P.292)
→確かに中島は「技術優先企業」かもしれないが、その技術の内実とはあくまで新規設計開発エンジニア優先なのだと理解することができる。

これ以上くどくどととりあげるよりも、実際に本書を読んでいただければ対米戦争における帝国海軍の決戦思想が産み出した『誉』発動機と、当時の列強の発動機の系譜を踏まえた比較を交えた技術史を理解するうえで裨益すること大きいと考えますので是非ご一読を薦めたい著作です。
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