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呟き(クラウゼヴィッツ偶感その参) 

前回に引き続きまして、クラウゼヴィッツの何処から政治に対する「軍事の対等」または「軍事の独立性」が導かれる部分というのは一体何を指しているかについて述べてゆきたいと思います。

先ずクラウゼヴィッツは戦争というものをどのようなものと定義していたかといいますと、「自己の意思を相手に強制するための暴力行為」であり「意志を強制するには相手の抵抗力を奪うのが確実」で、そうであるならば概念上戦争目標たるこの行為(相手抵抗力の撃破)に軍事行動は属するものと述べており、またその目標に軍事行為は奉仕する関係上他の部分(政治も含む)は従属価値しか理論上持ち得ないとも主張されております。

それでは、上記の戦争(クラウゼヴィッツは絶対戦争と呼称)はどのような条件で成り立つかについて、以下の3つの例を挙げています。
一、戦争がまったく孤立した行為である場合、すなわちそれがまったく忽然としておこり、それ以前の国家生活と連関がない場合
二、戦争が唯一回の決戦、もしくは同時に行われる数個の決戦の一系列によって成立する場合
三、戦争の終局がそれ自身で完結したものである場合、つまり、戦後の政治情勢の打算によって影響されるようなことのない場合

しかしこの理論上の戦争は、クラウゼヴィッツ自身はこの直後に上記の条件が、現実世界においては成り立ち得ないことを述べています。この点を考えればクラウゼヴィッツと、第一次大戦の引き金となってしまった「シュリーフェン計画」に象徴される軍事に優先順位を譲り渡した戦争計画を策案したドイツ参謀本部とは一種の断絶があるという見方をすることも可能だとも言えます。

それでは、クラウゼヴィッツから軍事優位の着想の種などは出てこないのではないかという考えも出るのですが、ここはクラウゼヴィッツの戦術論を読むと「戦術の変化による影響を戦略は受ける」という記述が出てきます。ここからもし仮に、上記の条件の何れかを満たす条件が整った場合には、クラウゼヴィッツの定義した「絶対戦争」という形式がイデオロギーとして活性化し、強力な理論上の根拠を提供する代物なのでもあります。

そして19世紀も中盤になると「鉄道システム」とモルトケという組み合わせによる成果が、政治の背景化が徐々に進行させてゆくこととなるのですが、この点はまた次回に述べてみたいと思います。
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