或る偏屈漢の異見(和は八百長に通ず)
2012/05/16 Wed. 19:49 [雑談]
近頃とみに思うのが、人間はつくづく見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞かず、知りたいことしか知らず、分かりたいことしか分からないという至極単純な道理が腑に落ちるようになってきた。三十代にもなり今更かとも思うのだが、何分物分かり悪いのは己の性分なので仕方がない、そのようなものと割切るしかないと思うのみである。
私なりに齢を重ね、また色々な先祖の話を知るにつれて、我国の人はつくづく人にある状況への馴合いを他人に押付ける手合いが多いのだと実感するようになった。昭和19年末のフィリピン戦時の大本営からの派遣参謀といい、今朝方テレビで見た大阪の古賀氏という人物といい、ある状況設定(かたや米軍との決戦、かたや関西圏挙げての節電と他地方への電力乞食)への八百長を居丈高に欲求し、それに従わない手合いを罵倒して反論を封ずるやり方などは瓜二つとしか思えないものである。それが、バーシー海峡での損耗から輸送網が壊滅していようが、発電量の5割を占める原子力発電所が停止していようと御構いなしの有様である。いや、むしろその時こそが、彼等の論理が猛威を振う土壌となる。
何故なら日本人は「和を以て尊しとなす」と「自然への同調」を至極当然とみなしているため、ある設定状況が絶対化すると、その設定に同調しないものは、総て否定さるべき悪として処断されることとなる。それに同調しなければしないほど、いや出来なければ出来ないだけ、否定対象は日本では孤立化する仕組みとなるのだからである。彼等のように設定を強いる者達にとっては、自己の権力と影響力を増大させるのにこれほど効果ある方法など滅多にない。
このどうしようもない状況は、一方では長続きしない、何故なら現実がその八百長を目に見える形で否定するからである。米軍が上陸してしまえば、輸送網が壊滅した日本軍が群島のフィリピンで米軍と決戦など不可能であり、また、関西も原発が無ければ嫌でも真夏の輪番停電を体験するしかない、そうした時には、あれほど堅固に見えた和もあっという間に瓦解してしまう。その後はいつもの繰返しで、先ず騙されたという手合いが大声を出し、その後は新しい状況を再設定し、それへの馴合いを始めるために、過去の自分の言動を反省し、自分自身は新しい考えに再生したと喚き散らすことになるという、先祖代々からの嫌な慣習が発揮されるのである。
只今の日本のエネルギーについて、原発再稼働を論ずる「憂える少数派」にされてしまった人々に対して、私は老婆心ながら言いたいことがある。間違っても人々が自分自身の言論により変わったなどどは夢にも考えてはならない、事後になってそのような事を口走って近づく輩は後を絶たないだろうが、その手の連中は新しい状況設定に対する自己正当化のためのアリバイとしての価値を見出してるのみである。憂える少数派の言論は、現実において全くの無力だったことを肝に銘じなければいけない、何故なら人々は現実に屈服しただけで決して他人の言論など聞いていないのだからである。そういう手合いには「僕は馬鹿だから反省しない、悧巧な奴はたんと反省するがいいさ」という言葉でも投げつけて、憮然と構えておかないとあの古賀氏のような道化を演ずる破目に陥るしかないからである。
読書録其の33(過去から教えられること)
2012/05/10 Thu. 07:38 [思想]
著者:山本七平
出版社:さくら舎
価格:(金1,400円)消費税別
刊行年:平成24(西暦2012)年4月5日 第一刷
今回の読書紹介はこの書である。内容は昭和49年〜51年に週刊文春に連載された記事の集まりであり、今からおよそ35年以上前の内容なのだが、内容が古びないのは流石というべきなのか、はたまた我国人が物忘れが激しいので、何度も同じことを繰返すだけかは、考えさせられるがとりあえず私なりに興味深いところを取上げてみようと思うのである。
・だが、怒りであれ笑いであれ、これは狂気であり、怒りという狂気そのものは診断の助けにもならねば、治療の手段にもならず、公憤・公笑という狂気でそれに対処しようとすれば、一切が混乱から破滅へと進み、すべてが崩れ去ってゆくだろう。(中略)だがしかし、人間が本当に公けの問題に対処しかつ解決しようとするなら、いかに公憤という名の"公的狂気"を振りまいたところで、何一つ解決しないのも事実である。「狂」は単純な算術の問題を解くこともできない。(P.46)
去年の大地震から1年経過して今だに、反原発やら脱原発やらの公憤を振りまいて見せる輩が、後を絶たない。私のような奇特にも父母および、その前の時代の生活に興味を抱いている者にとっては、このような御気楽な公憤などは、見ていて反吐が出るほどのものである。関西電力の管内に居れば、今夏は間違い無く電力不足からの大規模輪番停電(計画停電などは言葉遊びで、1日に一度以上不定期の数時間の間が持回りで停電となる)状態に陥るが、その不便さは1週間で嫌になる類のものである。
私の住む埼玉県上尾市では、去年数日だけこの輪番停電があったが、電話も使えない(古式ゆかしい黒電話は可)、信号も動かない、携帯電話は、いつものように皆が混乱状態から一気に使用しだして、通信負荷が高くなりこれまた使用不可となる。心臓発作や脳梗塞や持病で自宅療養している人間の緊急連絡手段もあっという間に失われる。また信号が動かないので、緊急車両の到着も遅れがちになるのも避けられない。また病院も、エレベータは余程の急患しか使えないので、身重の妊婦ぐらいだと階段を使用するのも当たり前(総合病院だと10階以上昇り降りする)となる。また、近くの公団団地では電気がないため断水する、機械式の駐車場も動かないので自動車が動かせない等々、挙げればきりがないもので、こんな体験すれば、巷でいい気になって「昔に戻れば良い」と絶叫する輩などは、旧日本軍の末期の大本営参謀級の極楽トンボの作戦指導と瓜二つのものだとしか思えないものだと実感できるだろう。
また次の下りを読むと、まるで只今のことを述べているような錯覚に陥るところがある。
・前に健全な赤字部門と言ったのはその意味で、原子力発電そのものはすでに赤字部門ではなく、それと比較すれば、石油力発電のほうがすでに赤字部門で、その赤字を電気代の値上げに転嫁している状態、すなわち国鉄化・食管化の道をたどりはじめていたのである。日本人は、こういう赤字を愛好した。(P.97)
・もし後発国の経済的離陸が始まり、しかも人類が新しいエネルギー源を開発しなければ、とうてい三十年はもたないであろうこと、ただし、人類がエネルギー源を転換し、石油を石油化学の原料としてのみ使い、さらに製品の再生技術と、タールサンド等の新原料を開発すれば、この三十年を三百年にものばし得るとであろうと考えていた。だがこの計画は石油を「燃料として」浪費していたら不可能になる。従って最初に起こる問題は、人類の資源を温存するため、燃料としての石油使用を国際的に規制するという措置であろうことも、すでに多くの専門家は予測し、対策を立てていた。そしてただ日本人だけが、このことに無関心であったにすぎない。(P.98)
・過去において最も石油を濫費したアメリカ人・ヨーロッパ人が、自己のエネルギー源を原子力に転換するとともに、燃料としての石油使用の国際的規制を提唱し、全人類の共感を得て、それに応じ得ない日本を一方的に断罪し、「燃料としての石油の輸出価格を、原料としての石油の輸出価格の十倍とする」といった動議を提出し、資源温存の大義名分のもとに全世界の支持を得、日本の犠牲において、みずからの利益と産油国の利益をともに確保するであろうことは、常識を失わないかぎり、その当時すでに予期さるべきことであった。(P.98)
・日本はみじめな状態になった。働けど働けど石油値上げが追いかけてきた。彼らは、産油国の宣撫班であるマスコミに欺かれて盲目となり、値上げ石油の供給を「うれしいだろう」とサウジアラビアのヤマニ石油相に言われて大喜びした特派員と同じで、いくら法外に値上げされても喜んでこれを受けいれ、誘導されるままにひたすら大商社や電気・ガス会社だけを攻撃した。だが実際は、その値上げ分は結局回りまわって産油国の手に入り、それがオイルダラーとして還流投資され、油値・金利・配当で二重三重で搾取されているのに気がつかなかった。この点当時の日本人は、徳川時代の日本農民よりはるかに無知であった。・・・・・・(PP.99〜100)
この予測が外れたと思っている御仁がいたとしたら、私は正直にいえば、如何に人は物忘れが激しいかを知るという証左でしかないと考えている。西暦1980年代後半からの地球環境保護キャンペーン、西暦1990年代後半の京都議定書、西暦2000年代の地球温暖化キャンペーンと温室効果ガスのなかでも極端に二酸化炭素(そもそも温室効果では水蒸気が大半を占めている)に狙撃ちにした「二酸化炭素税」というのは、上記の「燃料としての石油使用の国際的規制」の提唱という文脈と枠組から発せられたものであり、それだからこそ異様な政治力を振るい、かつまた現時点で、一番欧州勢が強気なのもフランスの原子力をあてにしているからなのである。
別にこれを以て私は、欧州や米国の偽善やら陰謀などを論うつもりは毛頭無い、常識で考えればわかることを考えない、我国の迂闊な手合いの方が問題なのとしか思えないのである。私は一応昨年に脱原発を主張する人には、京都議定書について「外国語で外国の論理」で応ずる必要があることを呟いたが、巷の人は宣撫班たる新聞テレビ雑誌ラジオや、個人発のインターネットであろうとTPP論議に夢中になるばかりであった。しかし、西暦2012年は京都議定書の新規枠組みを決定する年であり、脱原発や反原発に夢中になって石油・天然ガスを燃料として大量消費を開始した、日本の糾弾会場になるのは火を見るよりも明らかなのである。
そして、石油や天然ガスを売る国々に「日本人は原子力を使わなくて、安全になりうれしいだろう」といわれながら足元を見られて、次々と値上げされていっても一向文句も言えず、もう一方では大量の二酸化炭素を吐き出していることを、一方的に「日本は地球環境を軽視している」糾弾され、相手に詰め寄られれば二進三進も出来ず、徒に罰則規定としての「懲罰割増の二酸化炭素排出権」なるものを有難くも購入して、あっという間にこれまで稼いだ外貨など10年程度で蕩尽してしまうだろう。
現実にこうなってしまえば「蕩尽の十年間」は、日本人は「諸悪の根源」たる電力・ガス会社や大企業などを叩いて憂さ晴らしをする、不毛な言論状況に自らの思考を呪縛させて破滅した時代として、後世の子孫に覚えられることになるであろう、それは丁度、第二次大戦の時に、日本が世界を相手にする戦争に参戦することを決定したように、そのことを今の吾々が当時の先祖の決定を訝しむようにである。
或る偏屈漢の異見(目標喪失を嗤う)
2012/05/04 Fri. 12:19 [雑談]
先日の事だが、いつもの如くぼんやりしながらNHKのテレビ番組を見ていると、『新型鬱病』なる話をしていた。私自身は精神病理は全くしらない身なので、さっぱりわからずぼんやりと自他ともに苦労する人もいるのだなと思うとともに、ある西諺の「人は目に見える切傷には大いに同情するが、歯痛には見向きもしない」という言葉にあるとおり、これまでもそしてこれからも人は、他人からちっとも同情されない厄介なる心の病と付き合わざるを得ないのかなと、少し考えさせられるところがあった。
ただ、その番組中の精神病理学者が全くいないという、大層不可思議な座談会という名の漫談中で、年齢が30代程度の社会学者と称する人間の台詞には、正直嗤うしかない代物であった。その学者氏によると昭和30年代から平成に入るまでの日本は、経済成長という明確な社会目標が有り、人々はそれに向けて一心不乱に向かっていたために幸福であり、いまのような目標喪失時代による鬱病のような不幸かつ厄介な問題はなかったなどと、粗雑な話を得意気に披露していたものだったからである。私はこの学者氏が正直頭が悪いのかとも思ったのである。この人は己の父母からまともに生活の話を訊いたことが無いと直感した、何故なら私の父母は昭和23年と27年だが、その生活は昭和54年の生まれの私には、別世界の話ばかりだったからである。
先ず水汲みである、勿論私には常識になっていた蛇口を捻れば、などという便利な代物は無いので、父の場合は、長屋にある近くの井戸で手押しのポンプをえっちらおっちらと動かして水を汲んており、母は近くの湧水があるやや離れた水場まで歩いて、バケツで水を汲んでいたのである。炊事料理掃除洗濯風呂あらゆる生活には水は欠かせないが、総てそれは水汲みが伴うものであり、中でも風呂などは小学校時の清掃を思い出してもらうと良いが、あのバケツを20〜30往復して水汲みする手間をかけなければならないものであった。
また火についてもそうであり、ガスを捻ればなどどいう常識も、やはり父母の幼少時には存在していないので、炭を売りに来る炭屋さんから購入して、それを炊事暖房風呂の燃料としていたのであった。ただし、風呂は父のように地方都市の長屋では置場所から考えて論外であったし、田舎育ちの母は置場所はどうにかなっても値段と何より水汲みの手間から考えて、自宅で毎日風呂などどいう贅沢は夢だったというのも必ず聞かされたものであった。
そんな自分の父母の昔話をやたらとせがんでは、虫下しの薬(人体に回虫がいた)やらの話も交えて聞いていた小さいころ私にとっては、今は随分便利になったという実感は湧くと同時に、とても父母の時代の生活に戻りたいとは露にも考えないものであった。だからといって私は昔が不幸だとも考えないのであり、私には今も昔もただ人は、その時の生活を懸命に生きているのだと実感しただけなのである。
ところが、奇妙なことに数年前から「三丁目の夕日」やら「官僚たちの夏」のような映像作品から私に伝わるのは「水汲無し、火おこし無し、虫下し無し」の生活感覚皆無の不可思議な代物であり、その不可思議なる代物を私より一回り上までの年齢の人が、懐かしい時代に触れあったという珍妙なる意見を述べるのが、このごろとみに増えてきたのである。その人々にバブル時代が良かったなどど言えば、まことに彼等はあの時代の生活感覚を駆使して、如何にそんな甘たるい時代では無かったことを教えてくれる人すらそうなのである。
あの社会学者氏の社会目標などは、つまるところは前述の映像作品と同様の生活感覚皆無の出来合の理想を述べているに過ぎず、そんな出来合の理想などと比較して人の幸不幸を論うことが、如何に愚劣なことだと分からないのかと思うのである。私のような単純極まる人間にわかるのは、人は自分の人生においては、目標も目的も共に己で探すしかないという、余りに簡単なる道理でしかない。他人は手段と方法論は提供してくれるが、それ以外を提供することは決してしない、それを提供するとか、はたまた出来るとか嘯く手合いなどは、私は全き他人を出汁と見做している輩としか思えないからである。
私は今の人が昔の人より少しだけ病んでいるのだとすれば、与えてくれないものを、恰も頑なに与えてくれると思い込んでいる、あの社会学者氏のような人が増えているだけなのだと考えるばかりなのである。
或る偏屈漢の異見(自然保護なる陥穽)
2012/04/29 Sun. 19:46 [雑談]
少し前までは、地球環境保護という言葉が世間には馬鹿の一つ覚えのように出回っていたが、福島県での原発騒動からあっという間に姿を消したので、少々薄気味悪いところである。かと思えばその一方で『江戸時代の生活水準に戻ればよい』という物好きなる御仁もいる世の中なので、私なりに思うことを徒然なるままに記してみようと考える。
もう25年前になるが私が、小学校4年生になるまでは、福島県郡山市安積の辺りで暮らしていたのである。学校は新設校であり、やや山中に位置した小学校で、学校のあたりには人家もまばらなところであった。山中なので校庭とは別に、山の一部を遊場として簡単に整備していたような場所もあり、先生からは一応マムシがいるから注意しろと言われても、余り気にせず呑気に遊んでいたものである。
その時には全く気にしていなかったのであるが、親の仕事の都合で埼玉県に引越してから奇妙な言葉を聞くようになった。それは「自然保護」という言葉であった。どうもこちらの先生の話によると自然とは貴いものであり、掛替えのない無いものである。それであるからみんなで自然を守ろうという話であった。田舎から来た私には、理由は全く分からないのであるが、その言葉に違和感を覚えてしまったのである。
私が福島時代に強烈な記憶として残っているのが、小学校の通学路途中にあった「底なし沼」である。その沼自体は勿論底なしというものではないのであるが、透明度が無く何時も何故か粘土色のように濁っているうえに、沼の中央にあたりにポツンと皮まで丸坊主になった木々が数本2〜3M程度頭を出しているものであった。その木の幹の太さから考えるとどう見ても10M以上はあり、その透明度と相まって一度はまったら最後、底まで引摺り込まれそうな見えたものであった。
私はその「底なし沼」から、人にはどうにも太刀打ちできない自然の不気味なる一面を思い知らされたのであった。しかし、私が転校した先の学校には、この手の不気味な一面を教えられる存在に出会うことはなかったのである。それ故に先生だろうが、新聞雑誌ラジオテレビだろうが「自然を守りましょう」やら「地球環境を保護しましょう」と聞かされても、このあたりの人たちは「あの沼」を知らんからそんな気楽なことを言うのだろうなと、ぼんやりと思うばかりであったのである。
もう少し当時の自分自身の違和感を突詰めて考えてみると。自然を保護しましょうという人々にとっての「自然」とは、畢竟人間が御せる程度の代物であるという思上がりと、本当に自然というものに対して苦労させられたことが無い脳天気な態度に対する戸惑いだったのであろう。彼等の自然に対する態度が、まるで好適なる存在としか見做しておらず、もし仮に不安や不愉快を覚えさせる存在に出会ったが最後、容易くその自然を破壊するようにするのではないかと考えている。何故なら彼等は自然を「保護」出来ると思込むくらい、人間がどうにでも出来る存在だと見做しているからであり、私のように臆病にも太刀打ちできない存在などとは決して見做していないのである。
問題はそこから先である。私は自然というのは、本来は人間にはどうにも出来ない事があるのを切実に教えてくれる教師であった。しかし昨今はそうした自然をあろうことか「保護」するなどど認識する人間が、自分ではどうにもならないはずの他の人間を思いやることが出来るのであろうかということなのである。私はあえて断言するがそうした人間は、容易に相手が己の理解を超えた瞬間に、その人間を庭木を弄るような感覚で、人格に対して残酷な処置を平気でするようになると考えている。自然は大事にするべきであっても、決して保護などは出来ないこと弁えないと、自然から今度は手痛い復讐を受けるようになると思うのである。
或る偏屈漢の異見(戦略と倫理)
2012/04/22 Sun. 19:52 [戦争]
当日の題名で私が選んだのが「そもそも戦争とは一体何?なぜわれわれはそれを戦うのか」というものであった。まず私なりに手を付けたのが戦争の定義である。そこで私は戦争を『我がほうの意志をある政策を以てする、直接・間接なる力を用いることで、相手の意志を屈さしめるんとするある集団間の行為である。』というように定義したのである。
上記の定義において大事なのは、いままで戦争と倫理を取扱う際にともすれば混乱の原因となった、個人と集団という点を分離することに力点を置き、そして斉藤浩の論文である「権力とは餓死と不慮死の可能性の遠さ」という定義を取り入れて、生物界においての個体完成度においては劣弱なヒトが生み出した社会集団という観点に私は着目したのである。
人間が社会という発明をしたというならば、それは何を目的としたのであろうか、私はこれは生存を目的としているのだと捉えている。旧約聖書のサムエル前書に王を戴くことを組織と神との契約改定時において、その障害(食糧も子女も良質なるものを差出す上に、その人間にかしづかねばならない)を認識した上でもなお当時の司人(さばきつかさびと)達は、ペリシテ人との戦いにおいて集団の生存そのものが脅かされた彼等が王を戴いたところは実に示唆に富んでいる、また近いところでは明治維新というのもまた我国の生存が海上により保障されなくなった時に発生したというのもまた同様のことであろう。
そもそもが社会存在としての組織や集団が消滅を目的にすることは無い、あったとしてもそれは西譬におけるように「例外は原則を確認する」というものに収まるものである。そしてその集団という存在を、前記の斉藤浩は「安全・安価・有利」という尺度により行動を規制されるとした。私はこれを前提として生存に対する比重が重い組織が、個人に対する規制もまた大きくなると捉えているのである。これはかつて我国の水利の大字小字の単位となった農村単位と村八分の拘束力は単位内における成員の生死を分けるものであったし、欧州における直接農村経営を実施していた中世の領主や教会の拘束力もまた、司法を決して外部に委託するようなことなどしなかったのである。
佐原真は古代の戦争を「考古学事実によって認めることの出来る多数の殺傷をともないうる集団間の武力衝突」と定義しているが、ここには人間が社会という発明をなしてから後に戦争もまた発生していることがあげられている。これは戦争が人間社会に内蔵されたと私は考えているのである。ただし人間が発明したものだとして安易に交換可能と思う人士がいるが、それは人間により発明された言語というものが何故交換可能でないかを、真剣に考えたことが無い知的怠慢の輩なのであろう。
ここで後段の話に入る、なぜ我々は戦争を戦うのであろうかという問いに応えることとなる。つまりは戦争の起源(ここではそれを原因と前置きして議論を進める)についてである、トゥキディデスはこれを「利益・恐怖・名誉」という三面を起源として考えている。これに私は同意した上で、一つ付与するものがあるそれはその頭に「集団の」という文字がつくということなのである。つまり集団の「利益・恐怖・名誉」なのである。
私は社会集団というのは生物としては未完成なヒトが、創造した仕組みに端を発しているとは前に述べたが、その集団間において当面の「餓死と不慮死」からの生存が保障された場合には、次にあるのが未来の「餓死と不慮死」の間合いを遠くするという行為となるのである。それには集団間内部の規定の改善や手段の洗練がなされるし、その最たるものはといえば意思疎通というのを集団間の円滑化には欠かせない言語が代表されるものであろう。その集団内部間の摩擦を減少させるあらゆる禁忌や推奨の洗練(これはシステムとしての最適化とも捉えられる)を進めた暁には、その集団内と集団外の存在の差を広げるのは火を見るよりも明らかであろう。
その禁忌や推奨の纏まりを文化(これは教養と世間知という概念と関連性を持つものである)という概念で呼びうるものである。この体系は外に拡大すればするほど集団にとっては間合いが広がるものなので、全く別の社会集団とぶつかるまでは、拡大をするのが「安全・安価・有利」というところから導かれるものとなる。力が強ければ当然その外部集団を飲み込むであろう。それに失敗すれば「危険・高価・不利」となるからである。勿論相手集団が強ければそれが一時の境界線となるであろうが、どちらかの集団の力が隔絶すれば弱体化もしくは強大化した集団の慣性は解体もしくは拡大する方向に向かうのである。
邪悪な個人や国家やシステムがあるから戦争が起こるとする倫理上の見方には、このどうしようも無い生存そのものを目的としている社会集団のエゴイズムという現実を見落としている。個人はある集団にとっては一部なのであり、断言するが集団から見て戦争には倫理などは存在していないのである。集団としての社会は上記のように集団の慣性で動くものだからである。しかし、蟻や蜂のような高度なる社会性にまで至らなかった人類には、厄介極まる問題が横たわっている。先ほど私は個人は集団の一部と述べたが、逆もまた然りで一方の個人もまた集団に対して自分の一面程度だと認識しているのである。
個人という存在は突き詰めれば「正義はなされよ、よしや世界が滅ぶとも」という一言に表現されている。そこには組織の生存など全くかえりみないほどに強い倫理がある。その倫理のためには戦争すら全く辞さない人々がかつていたことは、歴史を紐解けば容易に見いだせるであろうし、今においても正戦論は『余人はしらぬがこの吾は』というほどの我をもつ西洋人(日本はここまで我が強く無く済んだのは僥倖といってもよい)においては健在なのである。人間には個人の面と集団の面との2者の間の対峙を内に抱えている。集団としては生存のために戦争を分離するのは無理であるし、かといって個人ももとは集団間の円滑化にあるはずの倫理を絶対化した挙句、その倫理のために集団に強烈に働きかけてその価値を踏みにじる他の集団を加罰して正義が果たさなければ決して満たされないのである。
もし戦争が無くなるとしたら、私が考えられるのは2つの道である。それは人類が蟻や蜂のように今よりも高い社会性をもつことで、人間の個人領域を縊り殺すか、はたまたドイツのニーチェのように個人が「超人化」することで、人間の社会領域を根絶やしにするかという道なのである。いずれの道も私にとっては、人類は今とはまるで別の生物としかならないように思える。このような世界によって仮に私は戦争が無くなろうと、理想の世界と思うような酔狂な考えは持ってはいないと思うばかりである。





